神戸地方裁判所 昭和50年(ワ)477号 判決 1983年12月06日
原告
間處陽一
右訴訟代理人
木下肇
田中康之
被告
クラレ不動産株式会社
右代表者
沖田悦郎
右訴訟代理人
松本正一
橋本勝
主文
一 被告は、原告に対し、金二二万七六〇〇円及びこれに対する昭和五〇年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金九六八万九三三円及びこれに対する昭和五〇年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、別紙第二物件目録記載の各土地につき、その地上に建物を建築し、工作物を設置しまたは地上に存在する樹木を伐採するなどしてその現状を変更してはならない。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告は、宅地の造成、販売を主たる目的とする会社であるが、兵庫県宝塚市中筋字西林ほかの山林31万1606.8平方メートルの宅地造成事業を計画し、昭科四二年二月一八日、住宅地造成事業に関する法律による認可、宅地造成等規制法及び砂防法による許可を得、右土地を宝塚中山台(以下「中山台」という。)と名付けて宅地分譲を開始するとともに、株式会社大林組(以下「大林組」という。)をして宅地造成工事を行わせた。
右宅地造成工事(以下「本件造成工事」という。)の概要は、中山台の東側尾根部約一〇万平方メートルの切土をし、沢部約九万平方メートルに盛土をし、その移動土量は約一二五万立方メートルであるというものである。
本件造成工事は、昭和四五年四月ころ一応完成した。
(二) 原告は、中山台に居住しようと思い、昭和四三年一二月二日中山台の第三期分譲地の一区画である別紙第一物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を被告から買い受け、昭和四四年二月六日代金を完済してこれと引換えに本件土地の引渡を受け、同年三月二八日所有権移転登記を経由した。
原告は、昭和四八年三月ころから本件土地上に同目録(二)記載の家屋(以下「本件家屋」という。)の建築工事を開始し、同年七月一四日これを完成させ、同日より家族とともに本件家屋に居住した。
2 被害の発生と被告の対応
(一) 地盤不等沈下
被告の本件造成工事の完成後、中山台の盛土地区において、二〇ないし三〇センチメートルの地盤の不等沈下が生ずるに至つた。右被害は、盛土地区全体に生じているが、特に旧川筋、盛土の厚い場所、旧地山の急傾斜地及び旧地すべり地付近において大きい。
中山台住民は、右地盤沈下により、家屋が傾く、柱と敷居や鴨居とがはずれる、壁にひびが入る、門柱が沈む、道路が波打つ、側溝が割れたり宙に浮いたりする、ガス管が折れる、地中から水が湧く、土砂が流失する等の具体的な被害を被り、このため、家屋の建替え、ないし大修理をしたものが少くとも延べ七〇〜九〇戸に達し転宅したものも約二〇戸に及んでいる。
(二) 法止堰堤のはらみ出し等
盛土は、被告が中山台の南端部に設置した法止堰堤(以下「本件法止堰堤」という。)によつて支えられている。
本件法止堰堤は、現場の土で盛土をし、その表面に石張りをしたものであるが、かなりのはらみ出しが発生して、本件法止堰堤とその上の道路(天端)との間に隙間ができるとか、石積の石が落石するとかの現象が生じており、また、本件法止堰堤から多量の地下水が湧出している。これらは、堰堤自体の構造上の問題と堰堤自体の地盤不良に起因する現象であり、将来大災害を生じる危険をはらんでいる。
(三) 被告の対応
被告は、昭和四六年一一月から昭和四八年一〇月までの間に地盤沈下の対策工事としてセメントミルクの注入工事を実施し、その前後から度々中山台住民に対し地盤は安定し、地盤沈下そのものもおさまつた旨の報告をしているが、実際には、右工事も成果をあげるには至らず、地盤不良による被害は現在も続発している。
被告は、中山台住民に対し、昭和四六年五月一六日には、地盤沈下による損害を完全に補修する旨を述べていたものの、同年一〇月二五日には、明らかに沈下に起因する被害につき話合いの上修理するという具合に一旦内容的に後退するに至つたが、昭和五〇年六月一三日被告から中山台分譲地を購入した中山台居住者で構成された中山台自治会との間で、破損住宅の修復等に関する確認書と題する書面により協定を締結した。
被告が右協定を締結したのは、兵庫県予算委員会において県当局が破損住宅の補修を指示したことや原告が本訴を提起したことによるのであり、被告が自発的に行つたものではない。
被告は、昭和四七年三月地盤沈下対策の一つとして住宅相談室を設置し、家屋新築の際、通常の場合に比し極めて強固な基礎工事をするよう指導を始めた。しかし、その結果大巾に増加した基礎代かかり増し費用のうち、鉄筋、コンクリートの増加分は、被告が負担しているが、掘削代、手間賃等その余の増加分は、施主に負担させている。
3 造成地選択上の過失
(一) 序論
宅地造成前の中山台付近の土地は、非常に高度差の激しい地形であり、また、湧水、地下水の多い地域であつて宅地造成には極めて不適当なものであつた。
したがつて、このような土地において宅地造成工事をする場合には、工事業者は、当時の最高水準の学問及び技術を駆使して被害の防止に努めるとともに、もしこれによつても被害の防止が確実ではない場合には、工事自体を断念すべき義務を負うものというべきである、現に、多田グリーンハイツや日生ニュータウンなど近辺の他の造成地においては、業者は、水のある場所は造成せずに残し、深い盛土を避けているし、中山台においても、旧所有者である丸紅株式会社や阪急電鉄株式会社は、その造成をひかえていた。
ところが、被告は、漫然と中山台を造成地として取得し、十分な警戒をしないままこれを造成した。
被告には、右のように、造成地選択上の過失がある。
右の点につき、以下に詳述する。
(二) 事前調査
宅地造成工事をする業者は、特に、山を切り、谷を埋める造成工事の場合には、地表踏査、ボーリング、物理的地下探査(電気抵抗式探査、弾性波探査)等の方法で地盤調査(地下水調査を含む。)を十分に行い、また、地すべり地帯においては、地下水の地すべりに及ぼす影響が大きいから、地下水の放射能の測定、地下水位の観測等の方法で、特に地下水の起源、水位等を精査するほか、破砕帯の把握についても綿密な事前調査をなすべき義務を負つている。
ところが、被告は、事前調査としては、地質図、地積図による地形、地層調査、現地での表面的な地形踏査及び切土地区のボーリング調査をしたにとどまり、透水試験、地下水位の観測、地下水の追跡、地下水の放射能測定、間隙水圧の測定、盛土地区のボーリング調査等の総合的組織的な調査は、まつたくしなかつた。
また、被告は、切土地区のボーリング調査やフィルタイプダム模型実験の結果から中山台付近には風化したり破砕されたりした土が存在することを十分知りえたのに、これらの土質に対し何の疑問も持たず普通の盛土材と判断して使用している。このことは、被告の事前調査がおざなりで慎重さを欠くものであつたことの一証左である。
被告が中山台の用地を取得したのが昭和四一年五月三一日、兵庫県に対する工事の認可申請は同年七月一五日であつて、その間は一か月半しかない。被告には、一か月半の間に膨大な申請資料を作成するかたわら、事前調査を行う余裕があつたとは、常識的にも考えられない。
(三) 盛土の厚さ
中山台は、造成前、谷筋の最低地の標高が九〇メートル谷筋の最高地の標高が一四〇ないし一六〇メートル、西の山の標高が一七三メートル、東の山の標高が一八七メートルという高度差の激しい地形であつたので、造成後の盛土の厚さは、最深部で約三九メートルにも達する。
右のように、深く、しかも、水のある谷を埋め立てる例はあまりなく、このような場合には、その後不等沈下が生じ易いから、工事業者は、谷の深さについて十分配慮し、対策を検討すべきであり、当時の技術水準をもつてしては不等沈下は不可避であるというのであれば、造成工事をなすべきではない。ところが、被告は、右の問題を看過し、安易に本件造成工事を実施した。
(四) 土質
工事業者は、盛土材料として、透水性が悪く、吸水性、圧縮性の大きい土を用いてはならない。
ところで、一般に、盛土材料としては、採算上の問題から現場の土が用いられるが、中山台の現場の土は、有馬層群と大阪層群の土が入り混つており、しかも、大半が粘土化して透水性の極度に悪い有馬層群の土であつて、盛土用に不適当である。
したがつて、被告には、不適当な盛土材料を用いた、ないしは、そのような盛土材料を使わざるをえないような造成地を選択した過失がある。
(五) 水
水を含んだ土構造物は弱く崩壊しやすいから、山を切り、谷を埋める宅地造成工事の成否を左右する最大の要素は水であるといつても過言ではない。しかるに、中山台は、造成前、勅使川が流れる深い渓谷で、湧水も随所に見られる土地であつたのであるから、そのように水の多い土地を造成する場合には、工事業者は、透水性のよい盛土材料を使用し、かつ、排水管を十分に張りめぐらすなどの対策を講ずべきであり、仮に透水性の悪い盛土材料を用いざるをえないのであれば、十分な排水管が設置されていても、水がそこまで到達せず、地下水を十分排出することができないから、造成不適当という判断を下すべきである。
現に、造成後の地下水の水位は排水管の位置まで下がらず、極めて高い位置にあり、そのように地下水位が高いことと地下水の持つ運動エネルギーとが、中山台の地盤沈下の原因の一つとなつている。
ところが、被告は、湧水の事実の把握及びその原因の究明が不十分なまま、安易に造成可能という判断を下した。
(六) 基礎地盤
中山台は、造成前、かなり深い溪谷に勅使川が流れ、その支流がたくさん谷部に入り込んでおり、表土は、一部において大阪層群であるが、大部分は節理がよく発達し風化した有馬層群であり、地すべりの跡が四か所もあるという地形であつた。
このようにもろく不安定な基礎地盤の土地は、厚い盛土の基盤として不適当であるから、造成地として選択されるべきではない。
ところが、被告は、これを造成地として選択した。
4 造成工事上の過失
(一) 序論
本件造成工事は、被告が発意し、被告と大林組との共同設計により、大林組が施工し、被告がこれを監理したものである。被告は、現場に事務所を設け、ここに従業員を常駐させて大林組を指揮していた。したがつて、被告は、以下に述べる造成工事上の過失に基づき、工事全般にわたり責任を負う。
(二) 伐開除根
基礎地盤にある切株、ブッシュ、雑草などは将来盛土に悪影響を与えるので必ず除去すべきものである。しかも中山台は、造成前、湧水が多く、傾斜のきつい地形であつたから、これを埋め立てた場合、盛土の滑動の可能性が高い。したがつて、工事業者は、中山台においては、本工事に先き立ち通常の造成地以上に樹木、腐食土、木根などの除去(伐開除根)を入念に実施する必要があつた。
ところが、被告は、本件造成工事においては、大きな木を伐採する程度のことしか行わず、盛土内に多量の木根、腐食物等を残しており、これも地盤沈下の一原因となつていることは明らかである。
(三) 段切工事
中山台は、造成前、基礎地盤に勾配があつたから、盛土の滑動を防止するため、基礎地盤を階段上に切り込む工事(段切工事)が必要とされる。
ところが、被告は、段切工事を十分にはしていない。
その結果、旧地山と盛土とのなじみが悪く、それが中山台の地盤沈下の一つの原因となつている。
(四) 転圧工事(締固め)
盛土工事の際には、新しい盛土に重機等で圧力をかけ土を締め固めること(転圧工事)が必要である。さらに、転圧工事にあたつては、土の撒き出し厚さを五〇センチメートル以下にとどめること、締固めは均一に、また、最適含水比付近で行うこと等の注意を要する。
しかるに、被告の転圧工事は、盛土工事の大部分が昭和四二年一〇月下旬ころから同年一二月末日までの間に行われたこと、転圧工事のできない降雨の日及びその翌日をさしひくと現実に転圧工事のできた日は極めて少なくなること、本件造成工事における移動土量は投入された転圧用重機が右工事期間中になし得る通常の転圧作業量をはるかに超えていること等から明らかなように、極めて粗雑なものであつた。
その結果、軟らかい盛土盤が形成され、それが中山台の不等沈下の大きな原因の一つとなつている。
(五) 排水工事
前記請求原因3(五)のとおり、中山台のように水の多い土地を造成する場合には、工事業者は、十分な排水設備を設置すべきである。
まず、地下集水管の口径については、田中茂神戸大学教授(以下「田中教授」という。)がフィルタイプダム模型実験の際に使用した集水管の管径を実物大に拡大すると六〇センチメートルとなるが、同教授は、実験の場合よりも盛土内の浸透水の供給は多いから、現物はこれよりさらに大きい直径のものを使用するよう示唆しているし、また、このことが造成工事の認可条件ともなつている。
ところが、被告が設置した中山台の地下集水管の本管は、直径が出口と奥においては三〇センチメートル、中間においては四五センチメートルしかなく、直径三〇センチメートルのものと同等の実効しかない。
次に、中山台の盛土材料は極めて透水性が悪い土なので、工事業者は、排水用の主管の数を増やすとか、支管を十分に張りめぐらすとかの設計上の工夫をすべきである。
ところが、被告は、右のような工夫は全くせず、透水性の悪い土の中にただパイプだけを突つ込んでおくというような設計をした。
また、排水設備工事の仕方についてみると、中山台の盛土を支える本件法止堰堤下部の法止擁壁(以下「本件法止擁壁」という。)の水抜き穴はセメントや土がつまつてしまつており、西側開渠の水抜き穴においても水はここからは抜けず別の場所から漏れ出ているなど、被告のした排水設備工事は極めて粗雑である。
その結果、中山台の地下排水機能はまひし、盛土内水位は高位を示しており、それが中山台の盛土を軟弱なものとし、地盤沈下の重大な原因となつている。
5 原告の被つた損害
(一) 追加工事費用
原告は、本件土地を購入後、本件家屋の建築準備をしている段階で、被告から昭和四八年一月ころ前記住宅相談室に呼び出され、住宅相談室の責任者高野義夫から、家屋の基礎をより堅固なものに設計変更すること、玄関ポーチの基礎を鉄筋の餅網状にすること、建物を一連の梁で結び一つの箱のようにすること、崩れ石積と門柱とを鉄筋で連結することの四点を指示された。
原告は、右の基礎補強工事のため、その材料として鉄筋直径九ミリメートルのもの一一三本、同一三ミリメートルのもの六六四メートル分、同一六ミリメートルのもの一一六メートル分、合計重量約1.2トンを必要とし、これについては昭和四八年三月ころ、被告からその現物を支給された。
しかし、原告は、右の材料以外に、基礎工事の仕様が前記の被告の指示にしたがい強固なものに変更されたことに伴う追加工事費用として、二二万七六〇〇円の支出を余儀なくされた。右金員の支出は、被告の過失行為に起因する、原告の被つた損害である。
被告は、昭和五〇年六月一三日、前記確認書において、中山台自治会に対し、基礎補強に伴う基準外工事費を被告が負担することを承諾し、もつて、損害賠償責任を自認した。
(二) 土地価格の低減
中山台の住民のうちには、被告や大林組の社員等被告と関係のある者が多い。原告は、被告に対する抗議行動を起こしているため、これらの者からの妨害、嫌がらせをしばしば受け、このため、中山台に居住を続けていくことに耐えられなくなつて、昭和五〇年五月上旬大阪市内の共同住宅に転出し、本件土地、家屋は他人に賃貸することとなつた。
原告は、本件土地、家屋に居住できない以上は、これを適正な価格で他に転売したいと考えている。
しかしながら、本件土地、家屋においては、擁壁、基礎にひびが入り、夜中にはみしみしと音がし、扉が閉りにくくなつているし、隣家では、家をつり上げて基礎から復旧、改良工事をした者や転宅した者があり、本件土地、家屋に通ずる道路は不等沈下のために波打つており、ガス管や水道管の事故も発生している。したがつて、本件土地、家屋の適正価格は、瑕疵のない場合に比べて大幅に低下している。右の本件土地、家屋の価格の下落は、原告が現に転売をなす以前においても原告が現実に被つた損害であるというべきである。
以上の本件土地、家屋の適正価格の下落に基づく損害額は、一三三二万七〇〇〇円を下らない。
6 よつて、原告は、被告に対し、右不法行為に基づき追加工事費用二二万七六〇〇円及び土地価格の下落分一三三二万七〇〇〇円のうち九四五万三三三三円の合計九六八万九三三円の損害金の支払並びにこれに対する損害発生の日の後である昭和五〇年三月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(工事差止請求)
7 西山斜面の立地
本件土地は、中山台の第三期分譲地のG地区に属する一区画である。別紙第二物件目録一ないし一五記載の各土地(以下「第二目録の各土地」という。)は、右G地区の西ないし南側に位置する勾配が三〇度内外の急斜面上の土地(以下「西山斜面」という。)のうち、いずれも被告の所有に属し、本件土地に近接する環境上重要な部分である。
西山斜面は、本件土地についてみれば、道路及び側溝をへだててその真南に近接し、借景として格好の位置にある。しかし、西山斜面に住宅が建築された場合には、本件土地からは住宅の橋脚を見上げる位置にあつて景観を害されるばかりか、高い場所から見下されて本件土地上に居住する者のプライバシーが侵害されることとなる。
したがつて、原告は、仮に西山斜面が宅地とされることがあらかじめわかつていれば、本件土地を購入したりはしなかつたはずである。
8 特約の存在
被告は、本件土地を売却する際、原告に対し、西山斜面は緑地として保存し、これを造成したり建物を建てたりはしないこと、但し、北側に一軒だけ建てそこへの道路は北側から設置することを約した(以下これを「本件特約」という。)。
原告は、その後数回にわたり被告との間で本件特約の存在を確認している。
9 特約違反行為
被告は、当初西山斜面の宅地造成計画を有していたが、昭和四三年四月ころには一たん右計画を取り消し、昭和四五年一月ころには右計画を復活させた。
被告は、昭和四五年八月七日、西山斜面を株式会社今西組(以下「今西組」という。)及び株式会社サトー(以下「サトー」という。)に宅地造成用地として売却し、右の者らとの間で都市計画法に基づく開発行為の申請を被告が行うことと定めた。
被告は、右開発行為の許可を受けることはできなかつたが、西山斜面における火災の発生を口実として道路法に基づく防火用道路の設置許可を得たうえ、昭和四六年五月三一日、西山斜面全域に道路を設置した。
被告は、右道路設置について中山台の住民から抗議を受けたがこれらの者と話合いがつかず、かつ、宅地造成許可も受けられないため、昭和四七年三月二九日、約定損害賠償金を支払つて今西組及びサトーとの間で西山斜面の売買契約を解除した。
被告は、その後は西山斜面を自社販売しようと企図し、原告ら住民の反対にも拘らず、昭和四八年三月末ころから区画番号の木札を打つて宅地造成、販売に着手し、昭和四九年、都市計画法に基づく開発行為及び宅地造成等規制法の許可を受けた。
現在、西山斜面の造成地のうち八区画が売却され、うち四区画にはすでに家屋が建築されている。
10 よつて、原告は、被告に対し、本件特約に基づき、第二目録の各土地に建物を建築し、工作物を設置しまたは地上に存在する樹木を伐採する等してその現状を変更することの禁止を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1の事実は全部認める。
2(一) 同2(一)の事実について
盛土地区に建築された建物の一部に傾いたものがあつたこと、これに対し補修工事または建替え工事が行われたことは認める。
(二) 同(二)の事実について
本件法止堰堤の崩壊を予知させる具体的な事実も、補修工事の必要性を窺わせる事実も何ら存在しない。
(三) 同(三)の事実について
被告は、昭和四七年初め、東側水路上流部にカーテングラウト工事を実施して盛土内への水の浸入を防ぎ、その後、コンソリデーション・グラウト工事(水ガラス、セメントミルクの注入)によつて盛土地盤を強化し、右の対策は一応奏功した。被告は、さらに、昭和五三年初めには盛土地区内でボーリングを行い、地下水を地上に放出することに成功した。
被告は、住宅相談室を設置して盛土地区住宅の基礎補強を勧奨し、基礎補強のかかり増し費用については、そのつど協議し、鉄筋あるいはコンクリートの支給をもつて、ほぼ材料費及び手間賃に見合うサービスを行つて、それぞれ円満に解決してきた。
3(一) 請求原因3(一)の事実について
被告に造成地選択上の過失があるとの主張は争う。
被告は、昭和四一年七月、兵庫県知事に対し住宅地造成事業及び砂防法に基づく許認可の申請をした。これに対し、兵庫県宅地保全審議会は、盛土地区南端の本件法止堰堤については財団法人建設工学研究所における田中教授の模型実験の結果も参酌したうえ、土木技術的に中山台の原地形につき造成を疑問視することはなく、兵庫県は、昭和四二年二月一八日、右許認可を与えた。このことは、被告が中山台を造成地として選択したことには何らの過失もないことを裏付けるものである。
(二) 請求原因3(二)の事実について
中山台は地すべり多発地帯であるとはいえない。現実に発生した地すべりの時期、規模も不明である。したがつて、対象土地が地すべり地帯であることを前提とする対策は、中山台においては講ずる必要がない。
(三) 請求原因3(四)の事実について
有馬層群の土は、粘土分の組成割合はさほど大きくはなく、盛土材料として不適当だとはいえない。
4(一) 同4(一)の事実について
被告に造成工事上の過失があるとの主張は争う。
本件造成工事の設計及び施工は、大林組がなした。大林組のなした防災工事は、勅使川河川改修工事、既設砂防堰堤嵩上げ工事、代替砂防堰堤築造工事、本件法止堰堤築造工事及び地下集水管埋設工事の五つである。右のとおり、大林組は当時の技術水準において十分な処置を講じたといえる。
(二) 同(三)の事実について
大林組は、大段切工事、小段切工事とも十分に行つた。
(三) 同(四)の事実について
大林組は、切盛土工事を昭和四二年五月から昭和四三年六月までの間に行い、その際、土の撒き出し厚さを三〇センチメートルとし、スクレーパーの自重、均しブルドーザーの自重及びタイヤローラーによつて十分な反覆転圧を行つた。
(四) 同(五)の事実について
原告は、造成前に勅使川を流れていた水が造成後は盛土の中を流下するものであるかの主張をするが、そうではなく、降雨水は新設された水路によつて下流河川に流れ、平常水(浸透水、湧水)は敷設された地下集水管(ヒューム管及び盲排水管)を流れるという方法により、完全に処理される。右の排水諸施設は、今日有効に機能している。
また、田中教授の模型実験は地下集水管の口径を決めることを目的とするものではなかつたから、口径を問題視することは、誤りである。
5 中山台の地盤沈下の原因は、破砕帯(ここに破砕帯とは、基岩、地山内に生じている小規模の割れ目をいい、地盤に生じた断層のずれに伴つてその付近の岩石が破砕されているものを意味するのではない。)からの湧水であろうと推定される。破砕帯からの湧水が盛土内にどのように作用しているかは必ずしも明らかではないが、湧水が極端な水頭の変動(水圧の変動)をもたらし、破砕帯に沿つた盛土表面の沈下(帯状沈下)や盛土下部に逆円錐状の空洞(穿孔)を生じさせたということが考えられる。土質工学界ないしは土木学界の一部がこのような破砕帯からの湧水の地盤沈下に及ぼす影響を問題にし始めたのは、昭和四六、七年ころからであるから、被告は、昭和四一年の中山台造成の設計当時、破砕帯からの湧水が地盤沈下の原因になることを予見するのは、到底不可能であつた。他方、透水性の地層に沿つて流下、湧出する地下水の排除が盛土地盤にとつて重要であることは、当時から土木工事業者の常識となつていたので、被告は、この点の対策については十分に行つた。したがつて、地盤沈下は、被告の過失によるものではない。
6(一) 請求原因5(一)の事実について
原告が余分に二二万七六〇〇円の支出をしたことは、知らない。
本件土地、家屋には地盤沈下の問題は生じてはいないが、原告の当初の設計では盛土に対する基礎建築として不十分であつたので、被告は、原告に対し、盛土に適合する基礎工事を勧めたのである。これに要する費用は、当然原告が負担すべきである。
(二) 請求原因5(二)の事実について
本件土地に評価損が生じたことは、争う。
原告が本件土地、家屋を転売した裏実はないし、原告には転売の意思もない。
本件家屋にはこれまでには何の被害も生じていないし、被告が地盤安定対策を種々講じてきた結果、現在では地盤は安定し、今後も本件家屋に被害の生ずる兆候はない。
取引価格に一割程度の格差が生じることは通常ありうることであるから、本件は、強いて評価損を認定するほどの事案ではない。
7 請求原因7の事実について
第二目録の各土地がいずれも被告の所有するものであることは、認める。
西山斜面に建物が建築された場合に高い場所から見下されて本件土地上に居住する者のプライバシーが侵害される結果となることは、否認する。本件土地は、西山斜面上の建築物の位置からは水平距離にして約四〇メートル以上離れており、樹木にさえぎられてわずかにしか見えない。
8 同8の事実について
本件特約の存在は否認する。
被告は、当初から西山斜面の開発計画を有しており、その許可も得ている。したがつて、被告が本件特約を結ぶことは、ありえない。また、仮に本件特約が存在するならば、それが個々の分譲地の売買価格に反映して西側の区画の価格がその分高くなるはずであるが、そのような事実はなく、むしろ、交通の便のよい東側区画の方が西側区画よりも高くなつている。右の点からも、本件特約など存在しなかつたことが窺知される。
三 被告の主張に対する原告の反論
1 請求原因に対する認否及び被告の主張3(一)記載の被告の主張(宅地保全審議会の許認可)について
兵庫県宅地保全審議会における審議の対象は、宅地造成工事に起因する災害の防止及び環境の整備であつて、中山台が宅地造成に適するかどうかということまでは含まれていなかつた。すなわち、造成地選択の適否は、右審議会に口出しされる性格のものではなく、専ら被告及び大林組の責任において判断さるべき事項である。
2 請求原因に対する認否及び被告の主張5記載の被告の主張(破砕帯からの湧水に基づく地盤沈下の予見不能)について
盛土の厚さが大きい谷筋は、湧水による地盤沈下が激しいので、不等沈下の程度が増加すること及び破砕帯から湧水が浸出することは、被告が本件造成工事を設計、着工した当時の土木工学界で当然に知られていた。
3 請求原因に対する認否及び被告の主張6(一)記載の被告の主張(基礎補強工事を必要とした理由)について
盛土地盤であつても、原告の当初の本件家屋の設計で問題はなく、被告が設計変更を勧めたのは、地盤沈下の問題が生じたからである。
四 抗弁
1(請求原因5(一)の追加工事費用に対する抗弁)
被告は、原告に対し、昭和四八年三月中旬、同下旬の二回に分けて営業上のサービスとして、本件家屋の基礎補強工事のために、合計約3.5トンの鉄筋を支給した。このうち、実際に使用された鉄筋の量は約1.6トンであり、差額約1.8トンが余分に支給されている。原告の負担増は、右のように現物支給を多くする方法で填補されている。
2 (工事差止請求の原因事実に対する抗弁)
(一) 被告は、当初から西山斜面を山荘風の家屋を建築する地区として予定していたが、できるだけ緑地を残すという基本方針も有していた。
被告は、昭和四五年八月七日、山荘としての風致保存に留意することとの条件を付して、西山斜面を今西組及びサトーに売却し、その後、区画割をして販売する場合の便宜と山火事に対する防火対策を兼ねて、所定の手続を経たうえ、ここに道路を設置した。
そのころ、中山台住民の組織する自治会より今西組及びサトーのなす西山斜面の販売に関して要望があつたので、被告は、昭和四六年八月、右自治会との間で、西山斜面の分譲地は六六区画とし、集合住宅は建築しないという合意をした。右合意は、昭和四七年五月、文書で再度確認された。
ところが、今西組及びサトーは、右の方針に反して区画を細分化して販売しようとしたため、被告は、右の者らに対し売買契約の合意解除を申し入れ、右契約は、昭和四六年三月二九日、合意解除された。
被告は、その後も右自治会から、関係住民との話合いをもつように求められたので、この求めに応じ、昭和四九年五月三一日、関係住民との間で、西山斜面のうち造成工事を行うのは二五区画に限定し、他は緑地として残す旨の協定を成立させた。原告は、右協定の成立まで、関係住民側で主導的役割を果した。
(二) 原告は、本件土地、家屋には居住しておらず、転居の理由は、自己の仕事をスムースに行うためというのであつて、工事差止を請求する実質的な根拠を欠いている。
五 抗弁に対する認否及び原告の反論
1 抗弁1の事実について
被告が原告に対し、合計約3.5トンの鉄筋を支給したとの点は否認する。原告が被告から支給された鉄筋の重量は、約1.2トンである。
2(一) 抗弁2(一)の事実について
中山台自治会が昭和四六年八月及び昭和四七年五月に西山斜面を六六区画の分譲地とすることの承認の決議をしたことは、ない。右承認の文書が存在するが、これは、被告が中山台自治会の一部の者を利用して作成した仮装のものである。
原告は、昭和四九年四月、西山斜面問題の関係グループから脱退し、同年五月三一日の協定の成立には無関係となつた。したがつて、右協定の効力は、原告には及ばない。
(二) 抗弁2(二)の事実について
原告は、中山台から転出し、現在は本件土地、家屋に居住してはいないことは認めるが、抗弁において主張されている転出の理由は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
第一請求原因1の事実(当事者)は、すべて当事者間に争いがない。
第二損害金支払請求について
一被害の発生
1 <証拠>によれば、以下の事実を認めることができる(但し、中山台の盛土地区に建築された建物の一部に傾いたものがあつたこと、これに対する補修工事、建替え工事が行われたことについては、当事者間に争いがない。)。
本件造成工事の完成後、盛土地区において約二〇ないし三〇センチメートルの地盤の不等沈下が生じたこと、右の被害は盛土地区全般にわたつて諸々に生じているが、特に旧勅使川の川筋、盛土の厚さが大きい場所、旧地山の急傾斜地及び旧地すべり地付近において大きいこと、右の地盤沈下により、中山台住民は、家屋が傾く、柱と敷居、鴨居とがはずれる、擁壁に亀裂が入る、門柱が沈む、道路が波打つ、側溝が割れたり宙に浮いたりする、ガス管が折れる、地中から水が湧く、土砂が流失する等の被害を受け、このため家屋の建替え、大修理や転宅を強いられる者が多数生じたこと。
以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 請求原因2(二)の事実(本件法止堰堤のはらみ出し、本件法止堰堤からの湧水)のうち、本件法止堰堤にかなりのはらみ出しが生じていることについては、証人木村春彦はこれに沿う証言をし、原告も本人尋問において同様の供述をしているけれども、他方、本件法止堰堤の写真であることに争いはなく、<証拠>によれば、本件法止堰堤はその堤体において一時間一二〇ミリの降雨量にも堪えうる構造を有し、右日時においてそれほど顕著なはらみ出しは生じていないものと推認することができ、これに照らせば、かなりのはらみ出しが生じている旨の右の証言及び供述は、表現に多少の誇張があるものと考えられるので、採用できない。
また、請求原因2(二)の事実のうち、本件法止堰堤から多量の湧水があつたことについては、<証拠>によれば、右湧水のうちの少くとも一部は水道管の破損に基づく漏水を原因とするものであつたところ、昭和五四年六月五日にすでにその修理を完了したことが認められ、また、本件全証拠によつても、右の湧水の事実が直ちに本件法止堰堤の崩壊等の危険に結びつくものであると断定することはできない。
他に、本件法止堰堤の崩壊等の危険を予知させる具体的事実や、これに対する補修工事の必要性を窺わせる事実を認めるに足りる証拠はない。
3 そうすると、本件における被害とは、前記1認定のとおりの事実にとどまるというべきである。
二被害発生の原因
1(一) <証拠>によれば、造成地の基礎地盤の勾配が大きい場合は盛土の滑動を生じ易いこと、盛土の厚さが大きい場合には盛土の自重による圧密沈下が生じ易いことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、中山台は、造成前、谷筋の最低地の標高が九〇メートル、谷筋の最高地の標高が一四〇ないし一六〇メートル、西の山の標高が一七三メートル、東の山の標高が一八七メートルという高度差の著しい地形であつたので、造成後の盛土の厚みが最深部で約三九メートルに達したものであることについては、被告はこれを明らかに争わないから自白したものとみなす。
右事実を総合すれば、勾配の大きい基礎地盤に厚さの大きい盛土をしたことによる盛土の滑動、圧密沈下が、中山台の地盤沈下の原因の一つであると推認することができる。
(二) <証拠>によれば、浸透水や湧水による盛土内の地下水の変動が盛土地盤を不安定にすること、右の効果は盛士表面から浸透した雨水である自由地下水と盛土内部の被圧地下水のいずれによつても生ずるが、ことに後者による効果の方が長期間にわたり継続すること、被圧地下水は破砕帯に由来すること、中山台においてはその地形図と空中写真によつて断裂線の存在が推定され、これが盛土地区の地盤沈下を生じている部分またはその付近を通過していること、田中教授が造成完成後になしたボーリング調査の結果では、中山台の破砕帯と確認される場所の地下水頭が予想外に高かつたことを認めることができる。
右事実を総合すれば、破砕帯から湧出する被圧地下水もまた中山台の地盤沈下の原因の一つになつているものと推認することができる。
(三) 以上のとおりであるから、結局、中山台の地盤不等沈下は、基礎地盤の勾配、盛土の厚み、破砕帯からの湧水等が複合的に作用して生じたものと考えるのが相当である。
2 もつとも、右二1(一)掲記の各証拠によれば、木村春彦教授は、主として地質学的見地から、中山台の地盤沈下の主たる原因は、基礎地盤の勾配、盛土の厚さが大きいこと、ひいてはそのような土地を造成した被告の行為にあるとの意見を有していることが認められるが、右の意見とて、破砕帯からの湧水が地盤沈下の一端の原因であることを排斥しているわけではなく、むしろ、これが原因となつている可能性も認めているのであり、他方、右二1(二)記の各証拠によれば、田中教授は、主として土木工学、土地造成工学的立場から、主たる原因は破砕帯からの湧水であるとの意見を有していることが認められるが、右はあくまで沈下原因として前記のような他の要素を排斥する趣旨ではないものと解される。
したがつて、右の各意見は、いずれも各専門的立場から観察し、中山台の地盤沈下の主たる原因を特徴的に抽出表現しようとしたものにすぎず、前記二1認定の結論を否定するものではなく、むしろ、それぞれ右結論への有力な裏付け資料となりうるものである。
他に、右二1認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
三被告の過失
前記のごとき地形、地質を有する本件中山台を宅地造成する工事業者としては、盛土の滑動、地盤沈下等の事故を防止すべく、工事に先だち、地形、地質の十分な事前調査、樹木、腐食土、木根等の入念な除去(伐開除根)、完全な基礎地盤の切込み(段切工事)、完全な盛土とその十分な転圧、地下水に対する十分な排水設備等、造成地の安全、確実を期するに必要な諸方策を講ずべきである。そして、本件造成工事の直接の施工者が大林組であることについては当事者間に争いがないが、被告もその発注者として、現場に事務所を設け、従業員を常駐させて大林組の工事を指揮していたことは、被告の明らかに争わないところであるから、被告も大林組と同様の責任を免れ得ない。
1 基礎地盤の急勾配による盛土の滑動についての被告の過失
基礎地盤の勾配が大きい場合には盛土の滑動が生じ易いこと、中山台における基礎地盤の勾配の大きいことは、前記二1認定のとおりである。
(一) 原告は、右のような事実のもとではこれを宅地造成すべきではないのに、被告にはこれを造成地として選択した過失があると主張するけれども、証人吉竹伸治、同高橋正之の各証言によれば、中山台においても、最近の土木工学的技術を駆使して、造成工事の際滑動を防止すべき万全の措置を講ずれば、盛土の滑動を防止することは必ずしも不可能ではないと認められるので、基礎地盤の勾配が大きい土地であるということだけでは、直ちにこれを宅地造成すべきではないとまで断定することは困難である。
したがつて、右原告の主張は採用できない。
(二) そこで、被告に右の義務懈怠の有無を検討する。
(1) 伐開除根
<証拠>を総合すれば、被告は、本件造成工事においては、五〇センチメートルを越えるような大きな樹木だけを伐採し、伐採後これを現地で焼却する程度のことしか行わず、盛土内に多量の木根、腐食物等を残していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実の程度の伐開除根作業では、中山台のごとく急勾配の基礎地盤において必要とされる作業を尽してはいないというべきである。
(2) 段切工事
原告は、本人尋問において、各地の県庁、市役所等の土木担当課職員に本件造成工事についての意見を求めたところ、段切は不十分だと言われた旨を供述しているが、右の意見は、いずれも責任ある立場での発言ではないし、伝聞にすぎないので採用しえず、他に被告の段切工事が不十分であつたことを認めるに足りる証拠はない。
むしろ、<証拠>を総合すれば、被告は重機の走路を兼ねて大段切を施したこと、右の大段切は中山台の盛土地区下の地山をほぼまんべんなく覆い、全長約四五〇〇メートルに達すること、大段切と大段切の間には適宜小段切を施したことが認められるので、被告は、十分な段切工事をすべき義務は尽しているというべきである。
2 盛土の厚さが大きいことによる圧密沈下についての被告の過失
盛土の厚さが大きい場合には盛土の自重による圧密沈下が生じ易いこと、中山台の盛土の厚さは最深部では約三九メートルに達したことは前記の通りである。
(一) 右のような事実のもとでも、このような土地を宅地造成すべきではないとまではいえないことは、前記三1(一)と同様である。
(二) 右のような事実のもとでは、被告には、盛土に圧力をかけこれを締め固める工事(転圧工事)にあたつては、土の撒き出しの厚さをなるべく小さくし(五〇センチメートル以下)、撒き出された土を均一に、かつ、最適含水比付近で、十分に締め固めるべき義務がある。
<証拠>を総合すると、本件造成工事において、盛土工事の大部分は昭和四二年一一月から昭和四三年一月末までの約九〇日の間に行われ、同期間に本件造成工事に使用された土木用重機のうち転圧工事に使用しうるものは、タイヤローラー一台、ブルドーザー一〇台であつたこと(うち、ブルドーザーは切崩しや集土等にも使用できる。)、盛土の撒き出し厚さは約三〇センチメートルであつたこと、右重機の転圧速度はいずれも一時間あたり三〇〇〇メートル、有効転圧幅はタイヤローラーが約二メートル、ブルドーザーが約0.9メートルであること、重機の作業効率の最大値は約0.65であることの各事実が認められ<反証排斥略>。
また、本件造成工事の移動土量が約一二五万立方メートルであることは、当事者間に争いがない。
以上の事実を前提としたうえ、一日の作業時間を九時間、転圧に使用されたブルドーザーの台数を五台と仮定して、被告が十分な転圧工事を怠つたといえるか否かを検討する。
ブルドーザー一台一日の転圧作業能力 約四七三八立方メートル(小数点以下切り捨て。以下同じ。)
(有効転圧幅×転圧速度×撒き出し土の厚さ×作業時間×作業効率=0.9×3000×0.3×9×0.65)
タイヤローラー一台一日の転圧作業能力 約一万五三〇立方メートル
(2×3000×0.3×9×0.65)
ブルドーザー五台、タイヤローラー一台の一日の作業能力の合計 約三万四二二〇立方メートル
(4738×5+10530)
転圧されるべき土量(転圧の回数は、前掲の甲第二二号証により必要最小限と認められる四回とする。) のべ五〇〇万立方メートル
(1250000×4)
必要作業日数 約一四六日
(5000000÷34220)
他方、被告の転圧作業日数は、前記のとおり約九〇日である。
右のとおり、被告が現実に費した転圧工事の作業日数は、計算上必要な作業日数をはるかに下回つている。したがつて、被告のなした転圧工事は不十分であつたと、いわざるをえない。
もつとも、現実の一日あたり作業時間や転圧に使用されたブルドーザーの台数が右に仮定した数値よりも大きい場合には、必要作業日数の数値はより小さくなりうるが、右の必要作業日数の計算においては転圧の回数を必要最小限の四回とみているから、十分な転圧工事をしようと思えば右に計算した以上の日時を要するはずであるし、右の現実の作業日数には本来は転圧工事のできない雨天の日も含ませているから、現実の作業日数はより少いはずである。したがつて、現実の一日あたり作業時間が右に仮定したところとはくいちがつていても、被告の転圧工事は不十分であつたという右の結論には何ら消長を来すものではない。
3 破砕帯から湧出する地下水による地盤沈下についての被告の過失
(一) まず、右の原因に基く地盤沈下を被告が予見しえたか否かという点から判断していくこととする。
<証拠>によれば、本件造成工事の当時から、宅地造成工事施工者の間では、環境のよい宅地を造るとともに土構造物の安定性を高めるために、浸透水や湧水の十分な排水工事をすべきものとされていたことが認められる。
右事実によれば、宅地造成業者の間では、本件造成工事着工の当時から、盛土地盤にとつて湧水がその安定の障害となることが一般的に知られていたものと推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
したがつて、被告は、右当時、湧水が盛土地盤の沈下をもたらすことを予見しえたといえる。
もつとも、<証拠>を総合すれば、破砕帯から被圧地下水の湧出することが多いという事実は、地質学界においては古くから一般的に知られていたが、土木工学者、土木業者の間では昭和四六年ころ以降に初めて知られるようになつたのであり、現に、本件造成工事の着工時は被告、大林組の関係者にすら知られていなかつたことが窺われ、被告においても、右当時、被圧地下水が破砕帯から湧出してくることは予見できなかつたものといえる。
しかしながら、右のように被告が本件造成地区内における湧水が主として破砕帯に由来することを予見しえなかつたとしても、前記認定のとおり湧水が盛土地盤の沈下をもたらすことを予見しえた以上は、中山台の盛土地盤に悪影響をもたらし、地盤沈下の一端の原因ともなる湧水の有無を的確に把握し、これへの対策を講じたうえ造成工事をなすべき義務があるものというべきである(中山台を造成地として選択しない義務があるとまではいえない。)
(二) そこで、被告が右の義務を怠つたといえるか否かを検討する。
(1) <証拠>を総合すると、湧水の調査としては、具体的には、現地踏査、観測用井戸等による地下水位の長期観測、地下水に溶解しているラドンガスの放射能測定により当該地下水がいかなる断層や破砕帯を経由してきたものかを推知し、間隙水圧の測定による地下水圧の増大調査等の方法を駆使して総合的になすべきものとされている。
ところが、<証拠>によれば、被告は、本件造成工事着工前の事前調査としては、地質図、地積図による地形、地層調査、現地での谷筋・沢筋等の地形、地層の踏査、盛土材や重機種選定の資料を得るため七か所の切土地区及び法定されている本件法止堰堤付近のボーリング調査をしたほか、弾性波探査を併用したにとどまり、地下水位の長期観測、地下水の放射能測定、間隙水圧の測定等はしていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、被告は、高さ三〇メートル余に及ぶ峡谷を埋め立てるなど前記状況下にある本件中山台の造成工事に当り、その盛土地盤に重大な影響を及ぼす地下水ないし湧水に関する調査としては、その調査義務を尽してはいないことが明らかである。
(2) 前記(1)掲示の各証拠によれば、湧水対策としては、被告は、透水性のよい盛土材料を使用し、十分な排水設備を設置すべき義務のあることが明らかである。
<証拠>によれば以下の事実が認められる。
(イ) 被告は、盛土材料として中山台の切土地区の土を用いた(但し、右の事実については当事者間に争いがない。)が、右の土には有馬層群の土が半分以上混つており、右有馬層群の土は粘土分が比較的多い透水性の悪い土であること。
(ロ) 被告が設置した排水設備のうち、盛土内への湧水に対して機能するものは、盛土内に敷設した地下集水管と本件法止堰堤下部の本件法止擁壁の水抜き穴であるところ、右集水管の口径は、三〇及び四五センチメートルであつて、田中教授が本件造成工事に先立つ模型実験の際使用した集水管を実物大に拡大したもののそれ(六〇センチメートル)を下まわつており、右本件法止擁壁の水抜き穴のいくつかは現在既に土等により目づまりして機能していないこと。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右の盛土内に敷設された地下集水管が正常に機能しているか否かについては、昭和五四年一〇月一七日の集水管排出口の写真であることに争いのない検甲第三三号証の九ないし一一からは右排出口からはさほど激しくは排水されていない様子を知ることができるが、他方、証人田中茂は右排出口からは毎秒約二ないし四リットルの水が流出している旨を証言しているので、右検甲第三三号証の九ないし一一によつては地下集水管が正常に機能していないことを認めるには足りず、他にこの事実を認定するに足りる証拠はない。
しかし、前記(イ)及び(ロ)認定の事実のみによつても、被告のなした排水設備工事は、現実に湧出している地下水を完全に盛土外に排出するには足りない不十分なものであるといわざるをえない。
なお、被告は、田中教授の模型実験は集水管の口径を決めるためのものではなかつたから、これとの比較において集水管の口径を問題視することは誤りであると主張するので、この点について判断するのに、なるほど、前掲の甲第二三号証の一並びに証人田中茂の証言によれば右実験の主目的は本件法止堰堤の安定性の検討であつたことが認められるが、本件法止堰堤の安定性と排水設備の能率とは相関関係にあると考えられ、現に右実験報告書(甲第二三号証の一)中には集水管の口径に言及して本件法止擁壁近くにおいては、本管は特に大径のものを使用すること等の記載もあることが認められるので、現実の集水管の口径の適否は、右実験の際の集水管の口径とも比較して検討すべきであると解すべきであり、これに反する右被告の主張は採用できない。
4 原告は、中山台の基礎地盤は地すべり跡が四か所もあるなどもろく不安定であるところ、被告にはこのような土地を厚い盛土の基盤として選択した過失があると主張し、被告はこれを抗争するのでこの点について検討するのに、そもそも、中山台盛土地区の地盤沈下の原因がもろく不安定な基礎地盤にあることを認めるに足りる証拠はないのみならず、技術的にかかる地盤の宅地造成が不可とも断定できないこと前記三1(一)について説示のとおりである。それ故、右原告の主張は採用できない。
5 以上を要するに、被告には、本件宅地造成工事において、十分な伐開除根作業、転圧工事、湧水調査及び排水設備工事をすべき義務があるのにこれを怠つた過失により、盛土地区の地盤沈下の結果を生ぜしめたものといわざるを得ない。
四原告の被つた損害
1 追加工事費用
(一)(1) 被告は、昭和四七年三月地盤沈下対策の一つとして住宅相談室を設置し、中山台において家屋を新築しようとする者に対し基礎工事の指導を始めたこと、原告は、本件土地を購入後本件家屋の建築準備をしている段階で右住宅相談室に呼び出され、その責任者高野義夫から、家屋の基礎をより堅固なものに設計変更すること、玄関ポーチの基礎を鉄筋の餅網状にすること、建物を一連の梁で結び一つの箱のようにすること、崩れ石積みと門柱とを鉄筋で直結することの四点を指示されたこと、被告は右の工事のため必要な鉄筋を原告に対し現物支給したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は材料以外に右の追加工事のための工事費用として二二万七六〇〇円の支出をしたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) 原告本人尋問の結果によれば、本件家屋の建築者である阪神建装株式会社、造園業者は、右の基礎補強工事についてその必要なしとして反対したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右認定事実に、前記争いのない住宅相談室の設置は盛土地区の地盤沈下に対する対策の一つであること、被告は原告に対し基礎補強工事の材料として必要な鉄筋を現物支給したことを併せ総合して考慮すれば、本件家屋の基礎建築は当初の設計によつても通常の盛土基盤上の家屋として十分の強度を有していたが、被告は、将来の本件土地の地盤沈下を予想し、原告に対し一層強固な基礎補強等の工事を指導したものと推認することができる。
右認定の事実によれば、被告が、過失ある造成工事により上記瑕疵ある本件宅地を造成し、これを購入した原告に対し本件家屋の基礎補強のため追加工事費用二二万七六〇〇円を支出せしめたことは、被告の本件造成工事における過失行為に起因する損害であるというべきである。
(二) そこで、抗弁1の事実(鉄筋の支給による損害の填補)について判断する。
証人高野義夫は、原告に対して支給した鉄筋は、補強工事に必要な量をはるかに越え、その合計重量は三トン以上であつた旨を証言し、<証拠>には右証言内容に沿うかのごとき記載があるけれども、<証拠>によれば、右掲記の乙第一一号証に記載されている鉄筋の数値はすべてが原告に支給されたものというわけではなく、原告には長さごとに種類分けされて記載されているうちの一種類の鉄筋だけが支給されたことを認めることができるので、右掲記の乙第一一号証によつては抗弁1の事実を認めるには足りず、証人高野義夫の右証言は右掲記の甲第四六号証及び乙第一一号証に照らして信用できない。
他に抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はない。
2 本件土地価格の低減
原告は被告の過失行為に基づく本件土地価格の低下分(いわゆる評価損)も本訴において賠償されるべき損害であると主張し、被告はこれを抗争するので、この点について判断する。
原告は、自ら居住する目的で本件土地を購入し、その地上に本件家屋を建築したうえ、昭和四八年七月一四日から本件家屋に居住していたことは、当事者間に争いがない。
右の事実関係のもとでは、原告の被つた損害のうち、本件土地上での居住の継続に関する分、例えば、地盤沈下によつて破損した家屋の修理費用(前記四1の地盤沈下に対処するための工事費用の支出も含む。)は、これを民法四一六条一項の通常生ずべき損害と解しうるが、現実の転売によつて生じた差損はもちろん、仮に転売した場合に生じうべき差損(これが、いわゆる評価損である。)も、同条二項の特別の事情によつて生じた損害にあたるところ、原告の本件家屋が、先に認定判断した追加工事費用を除き、他に地盤沈下により直接的損害を生じた点については、原告の主張・立証しないところであり、また、将来の転売利益の喪失については、具体的にいかなる金額の損失を被るに至つたのか、これを認めうる確証はない。
のみならず、評価損の賠償請求が認められるためには、被告において過失行為当時本件土地が転売されるという事実を予見していたか、または、予見しえたことを要するところ、右の事実を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、原告本人尋問の結果によれば、原告自身が当初は本件土地上の本件家屋に永住する意思であつたことが認められ、右事実によれば、被告は転売を予見しえなかつたものと推認できる。
以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく、評価損一三三二万七〇〇〇円の支払請求は、理由がない。
五以上のとおりであるから、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、損害金二二万七六〇〇円及びこれに対する損害発生の日の後である昭和五三年五月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の限度で、その支払を求める権利を有する。
第三工事差止請求について
一まず、請求原因8の事実(特約の存在)について判断する。
1 <証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
被告は、当初は西山斜面の山荘用地としての造成計画を有していたところ、昭和四三年四月ころには一たん右計画を撤回し、さらに昭和四五年一月ころには右計画を復活させたこと、したがつて、本件土地を含む中山台第三期分譲地の分譲開始時である昭和四三年一一月当時は、ちようど被告が西山斜面の造成計画を撤回した後の時期にあたること、そこで、被告従業員らは、第三期分譲にあたつては購入希望者に対し西山斜面は緑地として残す予定である旨を説明し、これをいわゆるセールスポイントの一つとして勧誘したこと、現に、被告の販売員東金和雄(以下「東金」という。)は、本件土地の販売の際、原告に対し、西山斜面は北側の一軒を除いてはこれを造成したり建物を建築したりはせず緑地として保存する旨を述べたこと。
以上の事実が認められ<反証排斥略>。
2 しかしながら、他方では、右1掲記の各証拠によれば、原、被告間の本件土地売買契約書中には西山斜面を緑地として保存する旨の特約条項は存在せず、他に右特約を文書化したものも存しないこと、加えるに、<証拠>によると、被告としては、当初、西山斜面を山荘としての環境を保全しながら六六区画を分譲するよう企画していたが、その後の住民の意見を取り入れ、最終的には、昭和四九年五月三一日、住民代表との間に二五区画の分譲を認めることで合意が成立し覚書を作成したこと、原告も右住民代表の一人として参加したが、右覚書作成の段階で退席し署名しなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
前記三1認定の事実に右認定の事実を併せ総合して考慮すれば、東金が本件土地の販売の際原告に対し西山斜面を緑地として保存する旨を述べたとはいうものの、右の東金の言辞は、被告のその時点での造成計画を事実のままに述べて顧客を勧誘したにすぎないものというべきであつて、被告が原告ら購入者に対し西山斜面の造成等禁止の特約をしたものと解するのは相当ではない。
他に原告主張の特約の存在を認めるに足りる証拠はない。
二以上のとおりであるから、その余の事実について判断するまでもなく、原告の建築工事等差止請求は、理由がない。
第四以上の次第で、原告の本訴請求は、二二万七六〇〇円及びこれに対する昭和五〇年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(牧山市治 山﨑杲 柴谷晃)
第一物件目録<省略>
第二物件目録<省略>